【自分語り】私の目標は死ぬまで楽しく生きること

日記

今の私は派遣の介護職員。それまでは3年ほどフリーで在宅ワークに従事してきた。私が在宅ワークを選んだのは、当時、母を亡くした直後に自身の流産も経験して、うつが続いていたからだ。そのときの精神状態では、とてもじゃないが、外に働きに出るなんて考えられなかった。正社員でもパートでも。

素人が参入できる在宅ワークジャンルといえばwebライター。文章でお金をもらうなんて自分にできるのか不安は大きかったものの、ひとまずライターサイトに登録して仕事を始めた。

常に締切に追われながら徹夜の続く毎日。ネットの情報を集めながら文章を組み立てる行為に「果たしてこの仕事に意義はあるのか?」と自問自答しつつ、高卒の私としては人生で一番高い年収額を達成できた。しかし、3年経つ頃には、心身ともボロボロになって、仕事に向かう気力がなくなった。

キャパオーバーになった頭にまず浮かんだのは、虚しいという思いだった。生活のために毎日家に閉じこもって、実績にもならない文章をひたすら書いて体を壊して、一体何をやっているんだろう?

世の中なにが一番大事かって、自分の心と体に決まっている。それなのにお金を稼ぐために自分を痛めつけて、あがき続けてばかりいる。あーもう、本当に何もかもバカバカしい。もうヤメヤメ、こんなの。

それで私は、今後の生きる目標を2つに決めた。1つは専門分野を身につけること。もう1つは死ぬまで楽しく生きること。

「専門分野を身につけたい」と思ったのは、webライター時代の経験からだ。専門分野のないwebライターは、多くの案件をこなさなければ稼げない。しかも私が登録していたサービスでは記名記事がほぼ書けないので、営業するにも実績としてアピールしにくい。働く上で年齢的な価値がどんどん落ちていくこの先、webライターとして活動するならもちろん、しないにしても、専門分野のない状態はとても危険だと感じたのだ。

「死ぬまで楽しく生きたい」というのは、怒りや恐怖、不安、うつなどの状態がどれだけ辛くて苦しいか、今まで身を持って経験してきたからだ。ヒステリックな家庭で育った私は、子供の頃から自分では抑えきれないほどの怒りを抱えて生きてきた。理不尽な体罰や言葉の暴力。

私は毎日怒っていた。だからいつも疲れてヘトヘトだった。怒りとうつの波を繰り返し、しまいには燃え尽き症候群にもなった。何の気力もわかず、時間を浪費する毎日が続く。怒りはまだ行動の原動力になるからいい。しかし、うつ状態が長く続くと、今までの人生が虚しくなってきて、本当に死にたくなる。

私もすでに40代前半。介護保険を使える年齢になり、老いというものがなんとなく実感を持ち始めた。今後どのくらい生きるかは知らないが、50歳、60歳となってもまだこんな精神状態を繰り返すのか。せめて、これからの人生は楽しく生きて悔いなく死にたい。どうせ生きなきゃいけないなら、元気で前向きな自分でいたい。もう苦しいのは嫌だ。

そんなこんなで、私は介護業界に足を踏み入れた。体力がなくなってきているのに介護業界というのも何だが、体力なんて使わなければすぐに落ちるし、使えば少しずつ上ってくる。

現に今のグループホームで働き始めてから、家から駅まで徒歩20分だったのが13分まで短縮できたし、筋肉がついて体型が一回り小さくなった。人と話す機会も大幅に増えて、頬の肉が上がってきたという嬉しいおまけ付き。自分の予想通り、介護職は性に合っているし、職場の人間関係にも恵まれているし、本当に選んで良かった。

そうそう、40代前半といえば就職氷河期世代。内閣府の支援については批判が多い。私も何を今更?と思っており、手遅れ感満載なのは否めない。就職氷河期世代のネットニュースは悲壮感に溢れているが、とはいえ、本人次第では立ち直ることだってできなくはない。ポイントなのは、社会に対する恨みつらみやプライドなんかはひとまず横に置いておき、この先自分が楽しく生きるにはどうすればいいのか、考えることだと思っている。

この話題については、後日またブログにでも書こうかしら。ってなわけで、今日はここまで…。

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