健康管理をしっかりしないと仕事に差し支える…のは当たり前っすね…

健康管理をしっかりしないと仕事に差し支える…のは当たり前っすね…

仕事をきちんとしていくためには健康管理をしっかりしないといけませんね。前からちょっと思っていたんですけど、気ままな生活をズルズルと続けてしまい、最近体調を崩してばかりです。以前は家にいる時間の方が少なくて睡眠時間を確保するのもままならない生活をしていました。だけど今は在宅ワークの身、ちょっと舐めてました。反省です。直近の締め切り、なんとか終わって本当に良かった…ああーーー…、頭ハゲるかと思った。良かった。終わって。まじで。


先月はちょっと熱を出して半日安静にしていた日があったんですけど、つい先週の木曜日は吐き気で目を覚ましまして。時間が経つにつれて明らかにお腹は緩んでくるし、吐き気は強くなってくるし、腸の中にはなにも残っていなさそうなのに、水分だけは「親の敵か!?」ってくらい出るわ出るわで…。仕方ないので病院に行って薬もらって、家に帰ってから大量に胃液を吐いて、薬飲んで夜中までうなってました。

…って丸1日ムダになったではないかっ…!あああ…なんていう時間ロス…あああ…。

この日は朝からなにも食べずにいたんですが、そういう時の胃液って無色透明なんですね。
私、初めて知りました。

病気やケガをすると体はツライんですが、体の仕組みについて感心することもしばしば(汗)
以前、手の甲に熱いコーヒーをこぼして火傷したことがあるんですけど、しばらくしたら大福1個分の水ぶくれができたことがありまして。つぶさないように包帯を巻いて清潔にしていたら、20日くらいして自然に割れて、中からピンクの肌がキラリと出てきたんです。そのあとしばらくはヒリヒリして痛かったんですけど、毎日水で洗って包帯巻いていたら2週間くらいで治っちゃいました。
いやー、人間の体ってすごいわー。

今は家にずっといるし、忙しいけど前みたいに仕事や人間関係でストレスたまっているわけでもないし、体自体はすんごくラクなんですよね。それでも運動量だけは大幅ダウンしてしまったので、体力はかなりなくなったかな。
やっぱ運動かぁ~~~~~~~……………。
しようがないからウォーキングでもするかなぁ~。
病気になるのヤダし、周りにも迷惑かけるしなぁ~。


私の両親は2人とも60代で他界しているんですが、父と母、それぞれ病気になってから、私すごくたくさん看病しましてね。自分で言うのも何なんですが、これ以上できない!っていうくらい、できることはなんでもやったんですよ、私なりに。
で、人が病気になってから亡くなるまでの過程を目の当たりにしたわけですね。

日常生活に少しずつ支障が出はじめて、内臓機能の低下と腫瘍のせいで食事がとれなくなって、冗談でしょ?っていうくらい歩くのも大変になって、家で寝たきりになって、ターミナルケアをしてくれる病院に入院して、ストローで水を吸う力もなくなって、痛みに耐えきれなくなって麻酔の量を増やして、表情のなくなった顔で呼吸だけをしながら生きている姿…っていうのを、ずっと見てきたんですよ。しゃべれなくなってからも呼吸するたびに胸だけは動いていましたけど、最期は口をパクパク動かすだけになって息を引き取りました。

父が亡くなって6年、母が亡くなって2年が経ちました。でも未だにあの日々のことは鮮明に覚えているし、思い出すたびに無念だなぁ…と思うんです。が、それと同じくらいに健康を害するということに対してのトラウマを心に植え付けられてしまったようで。
ちょっと体調を崩すとやっぱり怖いんですよね。
ついこの間の急性胃腸炎で再確認しました。


両親が私に遺した教訓は、人は本当に死んでしまうんだよ、ということ。
どんなに願ってもどんなにがんばっても、抗えないこともあるんだよ、ということ。
あれから私は具体的に自分が死ぬときのことを考えるようになりました。

我が家には子どもがいないので今のところ夫婦2人。
私も子どもを生むにはギリギリの年齢になってきましたから、このままだと子どもとは縁がないままになる可能性もあるわけで。
人が死んだあとは静寂と無機質しか残らない。
遺された者は空虚を抱えながら生きていかざるを得ない。

両親を亡くした時に私が実感したことです。
それを思うとダンナさんを遺して私が先に逝くのはちょっとかわいそうかなと思ったり。
(思わなかったり…笑)

でも、もしダンナさんが先に逝ってしまったら、私はまたひとつの空虚を抱えることになるわけで。
それもすごく大変だなぁ。想像するとため息でるわ。
ま、とりあえず運動するか…。

あとヨーグルト食べよ…。